マスターピース

音楽を作る。
パンを作る。
モノ作りは同じである。
なにも、それだけではなく、絵を描く。小説を書く。俳句を読む。家を作る。
その他、いろいろ。

それを聞いたり、見たり、することは楽しいことであり、
だから、やってみたくなる。
必然である。
で、やりだすと、これがまた、楽しいのだ。
なにでもそうだけれども、やればやるほど、学習するから、
当然、上達していく。

その過程は、とても大事だ。

しかし、ある時点で、趣味の範囲を超えてしまうことがある。
不特定多数の人に食べてもらう、聞いてもらう、読んでもらう、見てもらう、などなど。

そうなると、その人たちの評価が存在する。
それが、なかなか一致しないので、苦悩する。
つまり、発信する側と受け手との相違、であり、誠実であればあるほど、
なかなかにつらいことになる。

つまり、自分の中のマニアックで、毒づいてる部分こそすべてであるのに、
それを消してでも、売れたい、という葛藤とでも言えばいいのか。

しかし、自分の個性を消してまでやって、売れに売れたとしても、
何の意味もないと、思うのです。
その結果、著作権を売買するような人間が出てくるだけなのだから。

売れる、というのは、確かに1つの結果なのですが、
それにしがみつくようでは、
いいことなど、全く無いのであり、
だからといって、
「どうや、俺の、そばを食え。」というような、そば屋では、嫌な思いをするわけで。

ビートルズのような、作り手の情熱とコマーシャリズムが合致するような作品は少ない。
パン屋も同じだと思うのです。
だから、私は、2年くらい前、「福十通信」の第1号で、
「ブロートハイムのようなパン屋になりたい」と書きました。

毒がなく、美しいだけの音楽はつまらない。
毒があるからこそ、
光る音楽があり、美しいと感じる。

もの作りは、みな、同じ、なのだ。
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by yui-2910 | 2009-04-08 22:44 | pann
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