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カテゴリ:音楽( 27 )

Hey Bo Diddley!

暑い夏が舞い戻ってきた。
去年の今日もとんでもなく暑い日、だった。

暑い夏のほんのひとかけらの茹でダコな昼下がりに
にわかに信じ難い電話がかかってきた。
いや、信じ難い「うそだろ?」という感覚と
「ついにやってしまったか、馬鹿野郎!」という相互関係が複雑に頭の中でからみつき、
今までにないすさまじい脱力感で
その場にへたりこんでしまった。

あれからもう1年が過ぎ、
まるで昨日のことのような、
はるか遠い過去の出来事のような
悪い夢でも見せられたような・

そして、「FUKUSHIMA」。

僕は悪夢な光景をリアリティのない画像の中で混濁している。

アメリカの核によって8月15日をむかえた日本人は、
今度は、自らのその手で戦争を始めた、のだ。

僕らは言葉を失い、表現の無力さを痛感せざるをえなかった。
でも、目をそむけてはならないことも誰もがわかっているはず、なのだ。

一足先にあちら側へ旅立っていった友人は、
ココロ優しい、ブコースキーな男であった。
ま、いずれ誰しも旅立たねばならんのだから、ちっくとギネスでも飲みながら
アイルランドあたりで待っていてくれ。
僕はまだ、やりたいことがあるからよ。

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今日のBGMは楽しくいこう。
Hey Bo Diddley!
by yui-2910 | 2011-08-04 15:16 | 音楽

ごっつい、太い、音。だったさ。

久々にPCの電源を入れ、なにげなく見るでもなく、眺めるでもなく、
いや、頼まれたJCBギフトカードがどこで売ってるのかを調べようとしていたのだが、
あるニュースに一気に目覚めてしまう。

クラレンス・クレモンズ死去。

E.street band のビッグマン。
聴いただけで奴だとわかるサックス。

まだ高校生だった私が初めてその演奏を耳にしたのは、
ブルース・スプリングスティーンの「ロザリータ」
レコードではなく、小林克也の「ベストヒットUSA」だった。
あの長い曲をノーカットで放映していた。

その傍らで異常なテンションのサックスを吹いていたのがクラレンス・クレモンズだった。

とにかく、野太い。
ロックしているサックスを初めて聴いた。
ドクトル梅津のすごさともまた違う。

そして、ソロアルバム「Rescue」。
これがまた大変すばらしく、
スプリングスティーンの書き下ろしだったとおもうが
「Rock'n roll DJ」という曲も入っていたなあ。
音楽っていうのは不思議なもので、そいつを聴くと
いい事も思い出したくないこともひっくるめて
蘇って来る。

しかしながら、そのレコードは訳あって、私の手元にはもう、ない。
今すぐにでも聴きたくなったが、それもかなわぬ。

ただ、思い出しながらギターでも弾き、
酒でも飲むか、と。

RIP。
by yui-2910 | 2011-06-23 22:27 | 音楽

2DAYS

この連休の土日で、2か所でライブを行いました。
素晴らしき共演者の方々にも恵まれ、なんとか怒涛の2daysを乗り切ることができました。

「プラプラ」
  野村円香さんのふわふわと浮遊するかのような世界に田中良太さんのこれぞ
  パーカッション!な自由さ。素晴らしかった。引き込まれました。思わずCD
  を買ってしまった。

「大谷氏」
  相変わらずの大谷ワールド。(表現大作戦)と名前をつけた人物にふさわしい、
  無力な表現の中にこそある表現の力。それを横でちゃちゃを入れるようなとっち
  ゃんのピアニカ。流石、です。

「とおりゃんせ」
  表現太郎と清水彩月さんの2人が案内する世界旅行。前回よりも、よりコンセプ
  トは明確化しはっきりとしていました。そして、嫌でも引きずり込まれていって
  しまう「銭湯音頭」。あの振付をなんとかマスターしたくなった。  
  よっ!彩月!めざせ!紅白!(笑)

「福田裕一トリオ」
  ここに合わせて、新しく浮かんできた雑多な心象風景3曲を仕上げ、追加した。
  そして地震が起こってしまった。乱れた精神状態と格闘し、「いつもどおり」に
  なんとか終わることができた。

寝不足もあり、非常に疲弊した2daysだった。楽しかったのは楽しかったのですが、
常に震災のことが頭の片隅で無意識に横たわっていたのも事実。
やりきった、というより、疲れ果てた印象が強い。
そういう意味でもより記憶の中に残る2daysだった。

演奏者は誰1人として震災のことに触れなかった。
被災者など誰もいない地で、被災者の方々の為に演奏することの無意味さを
表現者自身が痛感し、自分の表現に徹し、
目の前にいる足を運んでくれた人たちのために演奏したのです。

今われわれがやれることは、やはり自分でやれることをすることだと思います。
現実を冷静に直視することです。
今いるのは、「金」であり「物資」であり「燃料」なのです。
多い少ないなど関係ありません。
パティスミスではないけど
「People have the power.」なのです。

   リンゴの木を植えよう
   明日には笑えるように
by yui-2910 | 2011-03-22 16:59 | 音楽

VS ウォーラス。

定例、京都ネガポジライヴ。
対決相手は、ウォーラス。
ベースとドラムのリズム隊は元おかげ様ブラザーズの
ブレッド山崎とブラッキー岡部。そしてギターがヒノヒデキのスリーピースバンド。

名前を聞いただけで、とんでもない演奏になるのは推測できるプログレバンドだ。

しかしながらこんなことでびびっては最初から勝負はついてしまうので、
もちろん、気合入りまくりなテンションで我々の京都のバンド「The Band’it」は
「ひと泡ふかせたろ」的ないつもの感覚でスタートし、
何気にアウェーな雰囲気を払拭すべく臨む。。。
のだが、なんだか途中で楽しくなってしまい、それがほどよい緊張感と相まって、
それがまた、ごく自然な感覚に思えて、不思議な心地よさに変って行った。

そのせいか、ウォーラスの複雑な演奏もすっと体内に入ってきて、
なんだか楽しかった。

ウォーラスの曲のほとんどが変拍子である。
大概のプログレバンドは「狙って」変拍子の複雑極まりない演奏をやりたがる。
しかしウォーラスのすごさは、変拍子のはずやのに
変拍子には聴こえない自然さがある。

民謡に、よくよく聴いてみると変拍子の曲がよくあるが、それに近い。
作ってみたら変拍子やった、そんな感覚なんやと思う。

終了後、いろんな方に声をかけられた。
対バンしてくれやら、音源を送ってほしいやら、
なんともうれしい一夜であった。
ありがとー。

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自分で自分は撮れんので、これはウォーラス、です。
by yui-2910 | 2011-02-15 16:42 | 音楽

12月8日。

ジョンレノンがダコタの前で銃撃された時、私は中学生だった。
朝、眠たい目をこすりながら飯をかきこんでいたら読売新聞の衝撃的な見出し。

「ジョンレノン、射殺さる。」

この朝の光景は強烈に脳裏に刻まれている。
いや、ただの中坊であり、はっきり言ってその時点で熱心なファンではなかった。
ただ、知っているミュージシャンが死ぬ、しかも銃撃されて死ぬ、という事実が
中学生の僕には、かなりショッキングだったのだ。

音楽に可能性を見出し始めた頃でもあった。
中学生のこづかいでは、なかなか2500円のLP盤など買えるはずもなく、
もっぱら、こまめにNHK-FMのエアチェックにやっきになっていた。
ラジカセに炊飯タイマーを取り付け、日中の洋楽番組まで録音していた。

最後のアルバムとなった「ダブルファンタジー」からスターティングオーヴァーやウーマンが
ジョンレノンが亡くなってから、さらに勢いをましてラジオから流れるようになった。

しかしながら、当時の僕にはなんだか生ぬるいサウンドのように思えてならなかった。
僕はロンドンパンクに夢中だった。
そのせいかビートルズにも見向きもしなかった。
既に無いものを聴いても仕方がないじゃないか、と考えていた。

ロンドンパンクのベースになっていたのは商業主義的音楽の否定でもあった。
であるからこそ、巨大化して拡大再生産している音楽を否定した。
彼らが少年時代に強烈に影響を受けたであろうビートルズやストーンズさえも。

既存の古いものを壊さねばいけないといった、僕の目からみたら、
なんともかっこいいスピリットに写っていた。

しかし、彼らは壊すことはできた、が、新しいものを構築できなかった、のだ。
クラッシュやジャムといったごく1部のバンドを除いては、
皆、消えていなくなった。

ロックは死んだ。とジョニーロットンは言ったが、そうではなかった。
彼らもまた、ロックミュージックに飲み込まれてしまったのだ。

高校に入り、日々の生活にうんざりしていた頃、
ジョンレノンの「ジョンの魂」を聴いた。
「イマジン」を聴き、「ロックンロール」を聴いた。
今でもそうだが僕はビートルズを家で聴いたことがない。
レコードやCDを買ったことがない。
しかし、曲はいっぱい知っている。不思議だが・・。

僕にとってジョンレノンは「愛と平和の人」ではない。
確かに、その側面はあるが、すべてではない。
狂気と紙一重の才能を持った偉大なる「ロックな人」である。

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この「ロックンロール」というタイトルのアルバム。
すべてがカバーである。
ジョンレノンが少年時代に夢中になったであろうロックンロールナンバーをカバーしている
異色なアルバムだ。とても素敵なアルバムだ。

ジョンレノンはあれだけの名声を持ちながら、庶民性を併せ持つ稀有な人だ。
この「ロックンロール」を聴きながら、
あれからもう30年も経つのかと、
なにやらモノ思いに耽りたく、なります。
by yui-2910 | 2010-12-14 16:49 | 音楽

ギター職人。

先日、NHKの夜のテレビで南砺市が取り上げられていました。
鶴瓶さんの番組です。
五箇山の下梨でギターを作っている「辻 四郎」という方をご存知でしょうか?
鶴瓶さんが訪ねてお話をしていました。

辻さんは確か京都のギター工房だった「茶木」の出身だったと思う。

10年くらい前になるだろうか?
私のギターのメンテナンスをお願いしに辻さんの工房に行ったことがある。
テレビでは工房は自宅の横に建っていたが、
当時は自宅の玄関で靴を脱ぎ、2階が工房だったように記憶している。

辻さんは快く私のギターのメンテナンスを引き受けてくれた。
ケースから取り出し、ギターを手渡すと
「いいギターだねえ。」
と言ってくれて、さっそく作業に取り掛かった。
ギブソンのハミングバード1967年製造。
私と同い年の代物だ。
まだ20代の頃に、難波の小さなギターショップで手に入れた。
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テレビでも言っていましたが、この方はギターが弾けない。
もっぱら作る側のプロフェッショナルだ。
おそらくギターの弾けない職人などほとんどいないのではないだろうか。
あくまで私の根拠のない基準としての信用性は「大」であった。
作業を見ながらいろんなギターの話をしていたような気がするが、
あまり覚えていない。
しかし、話好きの気さくな印象は残っている。
メンテナンスが終了し、代金を払う。

「あ、千円でいいよ。また、いつでもおいで。」
と辻さんは言った。
それ以来、行く機会はまだないが・・・。

南砺つながりですが、
「なんとコトノハ」秋号が出来上がりました。
店に置いてありますので、興味のある方はどうぞー。
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by yui-2910 | 2010-10-30 16:42 | 音楽

表現太郎、現る。

6月19日、土曜日、夜。

福野町、SOMEDAY。
出演、ほうるもん
   福田裕一&tombstone blues band
   表現太郎&シミズサツキ

私が言うのも何ですが、
実にいいライヴでした。

三者三様の演奏スタイル。
あふれ出る個性と、表現。

オランダ戦にもかかわらず、満員御礼、です。
ありがとう。

表現太郎との出会いは20年前以上になるか。
関西では有名なコミックバンドのベーシストだった。
私は好きではなかった。

しかし、サツキさんの三線と表現太郎の楽曲は共鳴し、
どこか遠くの見知らぬ土地へいざなうように、
「異国」へと連れていってくれた。

ほうるもん。
ロッキンな人生が、まっすぐに音楽とつながった。

私も、いい意味で、羽目をはずせた。

次のライヴは京都NEGA-POSI、7月10日。
いい感じで入れそうだ。

午前2時。
帰り際の記念撮影。
もはや、記憶など無い。(笑)
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by yui-2910 | 2010-06-24 21:56 | 音楽

これは、レアものです、な。

ボブ・ディランの来日公演のグッズ売り場にて、
なかなかに、ええなあ、というものがあった。
のだが、
売り場は、すごい人だかりでとても入れたものじゃなかった。
基本的に行列のできない人間なので、早々と退散した。

帰ってきてから、富山の奇才「大谷氏」に
「あれ、買ってきた?そうかー。見たかったなあ。」と言われ、
なにやら無性に欲しくなり、
東京のライヴに行けそうな、編集長Kさんに頼んだ。

今日、受け取らせていただきました。
これは、予想以上な、なかなかのものでした。

ディランのレコードジャケットの
チロルチョコレート。
マニアの間ではひそかに話題になっていた一品です。

なかなかに、かわいいでしょ?(笑)

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Kさんに感謝。
店にしばらく、飾ります。
by yui-2910 | 2010-04-02 22:12 | 音楽

3月16日のボブ・ディラン。

いまだに余韻が残っている。
これは、夢ではないのだろうか?

ボブ・ディランの大阪公演最終日。ZEPP大阪。
私のチケットの整理番号は998。
オールスタンディングとはいえ、もうほとんど1000番目である。
順番に100番単位で中へと進む。入ってから驚いた。
中央へ進み、センターマイクをみると、15メートルほどしか距離がない。
めちゃくちゃ、近い!
しかもここは「でかいライヴハウス」であり、間違いなくいい音が期待できる。
ドーム球場やでかいホールのように、音がまわってわけわからんことにはならない。

15分あまり押して
「Ladys&Gentoleman~」とMCが入ってディランは登場した。
1曲目の「Cat's in the well」に続き、THE BANDの「火の車」と次々と
テンポ良く演奏されていく。
なにせ、原曲とアレンジが全く異なり、ディランの歌い方も違うので、
曲の途中まで、何の曲かわからない。
このボブ・ディラン&His Bandには、なにやら無限の可能性が見えるような気がした。
「戦争の親玉」もサプライズだった。

アンコールも含めた後ろ4曲は大阪では固定であったが、
オープニングから後半まで、毎日、セットリストが違っている。
毎日、見に行くディランフリークの人達もいるやろうけど、
毎日、新たなディランを見られるのがうらやましい。

この日だけではないだろうけれど、
メンバー紹介以外、歌以外で言葉を発することはなかった。
そのメンバー紹介で、ギタリストの1人はチャーリー・セクストンだとわかった。

「見張り塔からずっと」で終了したこのライヴ。
度肝を抜かれた人も多いのではないだろうか?
もうすぐ70にもなる偉大なるアーティストは、
語らず、バラードもやらず、ただ、ロックし、表現し、
なによりもバンドの親方としての存在感がすばらしかった。

年相応に丸くなるのではなく、年相応の表現方法があるのだと思う。
ディランは目の前でバンドと一体で、それを体現してくれた。

感涙もの、である。(笑)

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by yui-2910 | 2010-03-21 15:16 | 音楽

Tombstone blues

初めてボブ・ディランを聴いたのが17歳のときだった。
ファーストアルバムの「フリーホイーリン」だった。
「風に吹かれて」「くよくよするなよ」「戦争の親玉」など
印象的なナンバーが並んでる。

当時、パンクロックに触発されていた私は、ある雑誌でジョー・ストラマーが
ボブ・ディランについて語っているインタビュー記事を読んだ。
ジョー・ストラマーはボブ・ディランについて
「俺にとっては、神様なんだ。」と言っていた。

ディランがアコースティックからエレクトリックへと移行していく時期に
もっとも重要だったバンドがあった。

「THE BAND」である。

森のなかにある「Big Pink」と呼ばれた家に長い間こもって彼らが作った珠玉の音楽は
その後、劇的な化学反応で進化した、と思う。
「THE BAND」もその後、誰が主役なのかはわからない、しかし、
これは、「THE BAND」やろ、みたいな圧倒的な存在感、バンドとしての一体感を
こりゃまねできんやろ、こういうんがバンドマンとして理想やなあ、などと、
すげーな、であったのです。
クラプトンも出来るなら「THE BAND」に入りたかったと後に語っている。

なんせ、名前が
「THE BAND」
なのだ。これ以上のネーミングがあろうか?

で、ボブ・ディラン。
「神様」がやってくる。
行かずにはおれなかった。
常に私にとって座標軸のようなアーティストの1人だった。

「フリーホイーリン」を初めて聴いた17歳。
その時から、35年。いや、6年か。(笑)

追憶のハイウェイを転がる石のように、
ツームストーンブルーズを口ずさみながら走り抜けていると、
答えは風の中にあると、囚人が叫んでいた。

で、3月17日(水)は申し訳ありませんが、
休業いたします。
京橋の立ち飲み屋の濁り酒も楽しみですねえ。(笑)
by yui-2910 | 2010-03-09 23:10 | 音楽