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地産地消とは、独立独歩と同義だと思うよ。

昨日のブログで間違いがあったので訂正します。

  「脱依存」の社会の構造基盤が変わらねばと思っている。

これでは間逆の意味になってしまう。
「依存」の社会からの構造基盤が変わらねばと思っている。にしなければ文章がおかしい。
失礼しました。

原発も基地問題も水俣病もその他、いろいろ、根幹にあるものは同じである。
立地自治体が悪いわけではない。例えば大飯町の人々を悪く言う急進派の人もいるが、
私はそうは思わない。自分の生まれ育った土地に愛着のある人々に違いないのだから。
電源交付金があっての今がある。
悪いのは町民ではない。そのシステムを生み出してきた背景に「fact」がある。

3.11以降、明らかにこの国は変わった。
今しっかりと日本人が享受してきた戦後の繁栄は本当に正しかったのか?
モノにあふれかえってる生活が本当に裕福なことなのか?
問われているし、見直す時期にしなければならない。

私は福島原発事故は単なる事故ではなく、日本人の存在理由までもメルトダウンしたと思う。
福島を分断するわけにはいかない。
だって、世界からみれば日本なんか本当に小さい島国で
福島も東京も富山もみんな同じ、なのだから。
ついでに言えば、だから、非難した外国人や観光客の足が日本から遠のいているのだと思う。

あと、東京を目指してる自治体。これは必ずと言っていいほど失敗する。
わかりやすい例が私の店のある商店街。

今は、「駅前商店街」という名称だけれども、以前は「石動銀座商店街」という名称だった。
日本中に「銀座商店街」が無数に現れたのが戦後経済成長の頃。
つまり、地方の商店街はすべて華やかで都会的な「東京」という幻想を内包しながら
自分の街に「東京」を投影していたんだと思う。

結果、無数に存在した日本中の「銀座商店街」は個性は失われ、現在のシャッター通りとなっていったと言えばわかりやすいのかもしれない。

なんかのドラマの誘致活動やアウトレット誘致など、
典型的な「依存型」の街おこしであり、
これは戦後の典型的な地方の形であることに気づいてる人は何人いるだろうか?

つまり、長続きしない終わりの見えた繁栄の希求でしかない。

「地産地消」

この言葉の意味をちゃんと考えて予算、使いましょうね~っと。

ほんとは、レバ刺しのことを書くつもりだったんだけどなー。
今日はこの辺で。
by yui-2910 | 2012-07-03 18:27 | 日々の話

日本の夏。

ずいぶんとブログを休止していたものだ。身辺がにわかに忙しく、というのもあるけれど
先月、1回は書いたのだけれども、
最後の最後にアップロードする時点で何を押してしまったのかわからないが
すべて消え去ってしまうという悲劇的な事態に陥り、すっかり頭にきたこともあり、
しかもその後にPCの状態が悪くなり、どうにもこうにも策を模索しても
改善される気配のないこのPCに対して、

「もうお前は信用しない。うんざりだ!」

などと、何の解決にもならない体たらくなこのわが身に
うんざりしてしまいました。

しかしながら、PCお助け部隊に電話をし、
この厄介者を言うことのきく忠実な奴に改善してくだせえと伝え、
若い方が現れて、あっという間に解決させ、
彼は涼しい顔をして先ほど帰って行った。

こういった自分には到底無理難題な事項をさらりとやり遂げていく、
ある意味「職人」みたいな方の手際の良さには、ほとほと感心するのだ。
その人にしてみれば「仕事」なのであるから当たり前のことなんだろうが、
素人からみれば「プロフェッショナル」な人物であり、
「ふうぉー」となる。

これと良く似た感覚が以前にもあったねーなどと考えていると
思い出したのが「引っ越し業者」の人達である。
彼らもまた、実に手際の良い作業でもって、リーダーっぽい人の指示により
連携を保ちながら、大型家具や電化製品などを
傷つけることなく運搬するその様を目のあたりにした折、
いたく感心した。
いろいろなシチュエーションがあるだろうが、それをものともせずにこなしていく作業は
経験でしか得ることができないと思うのだ。

最後に。

先週の総理官邸前の反原発デモ。
警察発表は15000人、とあるが、岩上安身氏のユースト中継をライブで見ていたが、
明らかに10万人以上いたと思われる。
ここに今の日本の歪みの象徴的なものがあるんじゃないか?と考えるのです。
その前の週は主催者発表で、45000人。警察発表は数千人だったと思う。

毎週行われる抗議行動は、明らかにツイッターやフェイスブックで拡散している。
テレビはずっと伝えなかった。ここに疑問を持つかどうかだけで、
この国は変わる。

このデモはある種のイデオロギーや政治団体、組合などの動員型の旧来のデモではない。
個が集結している点、そして、非暴力無抵抗な点。
確実に今までとは違った側面を持っている。
新しい形なのです。

そして、私は
「脱原発依存」というより、
「脱依存」の社会の構造基盤が変わらねばと思っている。

来るか?「アラブの春」ならぬ「日本の夏」。
by yui-2910 | 2012-07-02 18:22 | 日々の話